My delusion that was born from the movie "naked lunch"

この絵について 

1991年のデビッド・クローネンバーグ監督作品の映画『裸のランチ』に登場していた通称「バグライター」を、2009年ぐらいに自分でアレンジして新しく描いてみた絵で、一種のファンアートみたいなものと言えると思います。

映画に出てきたバグライターは手動式のタイプライターだったのですが、そこからもしも電動式の新型バグライターがあったらどうなるか、という考えを形にしていきました。

2010年ぐらいに自分がこの絵に付けていた文章には、「電動式の新型バグライター」として「昔のPC、例えばMSXパソコンとかMacintosh SEのような」という一節が、確かあったと思います。

これはその時代の機械に、自分がある種のロマンチシズムを持っていたということなのですが、実は2020年ぐらいになってもその「そんなに遠くない過去」に抱いている、なんというか心を弾ませるような感情はあんまり変わらないなと、そう思います。

作業時期の補足(2020年記)

この絵を実際に描いたのは、残っている線画の方のPhotoShopファイルの日付によれば2009年7月~となっていて、実際それぐらいに作ったファイルだという風に記憶しています。

色付きの方のファイルの一番新しい日付は2013年と4月~とあります。これは後から色を再調整したその辺りの日付じゃないでしょうか。実際、最初のファイルは前のPCのせいか、かなり色がくすんでいたのを、この時の色の再調整でなんとか今の色合いに直した様に記憶しています。

個人的に、映画版『裸のランチ』について思うこと

昔、ブログじゃなくて普通に立ち上げるサイトをやっていた、ということは別の記事でも書きましたが、その旧サイトで雑記みたいなものもなんとなく書いたりしていて、当時その中で映画版『裸のランチ』についての感想文のようなものもありました。

今回、一部ですがその頃の文章を載せようと思います。当時のクレジットには『2003-2004 lowfai』とあったのですが、おそらく2003年ぐらいの文章じゃなかったかな。

昔の文章

(2020年注記:ここから2003年の文章になります。)

「裸のランチ」という映画がちょっと昔、ありました。原作はウィリアム・バロウズ氏、監督はディヴィッド・クローネンバーグ氏です。

その映画の中に、旧式の、黒光りした金属製タイプライター(2020年注記:これが劇中の「バグライター」を指します。)が、うねうねと生き物の如く動いて、もう一台の、女性が使っていたタイプライターと交尾をする、という様な描写がありました。

(2020年注記:中略。)

この映画が作られた当時は、まだ今ほどCGが進化していなかったので、 その、まるで諸星大二郎氏の漫画に出てきそうな生体機械の特殊撮影は、ラテックスなど現実の素材を使用した、いわゆる特殊メイクの技法を使って表現されていました。つまり、デジタルのデータではなく、現実のセットの中で実在するフェイクの物体として、フィルムに収められていたわけです。

ねばねばしたグリセリンの体液を滴らせながら交尾をする、それらの機械をとらえた映像は、とてもエロチックなものに見えました。

もちろん音楽や音響、カット割りなどの効果も、エロさを感じさせる要素のひとつとしてあったと思います。しかしその他にも、ラテックスやグリセリンなどの材質そのものが持っているどこかしらスケベな意味合いや、現実の人間の肉体と同じ空気の中で、確実に存在している、という実在感などが、何かしらエロさを増加させている要素になっていたのではないか、と後になって考えたものでした。

実在感、材質に付与されたイメージ(多分に表層的な物であっても)などが、エロい、という事のある一面を示しているのかもしれません。

(2020年注記:2003年の文章ここまで。)

現在の文章に戻って

以上、1991年の映画『裸のランチ』に、2003年頃はこういう感想を持っていたということで、昔の文章を掲載してみました。2020年になって読み返してみて、やっぱりここら辺の自分の感じ方も、そんなに遠くない過去に抱いている感情同様、大きくは変わっていません。

クローネンバーグ監督は、同監督作『ヴィデオドローム』や『イグジステンズ』と同じく、異形の生物風機械を絡めてのエロティシズムをフィルムの上で抜群の描写力を用いて魅せてくれます。本当に素晴らしい。

それでは、今回は長くなってしまいましたが、この辺りで終わりにしたいと思います。読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。

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