Krafty

1970年代の市民公会堂入口周辺の様子を描いた絵
1970年代の講演会聴衆を描いた絵

もともとここにあった絵は小さい方のものです。『ゲルニカ』というマンガから、1970年代の市民会館とか講堂の様なホールを描いたコマを加工して載せました。

記事タイトルの『Krafty』とはニュー・オーダーというバンドの曲名で、その曲を延々とリピートして聴きながらこの原稿を描いていました。

そして、『Krafty』という曲を繰り返し聴きながら絵を描いていた、という事に関連して追記をしようと思います。ここから先に書く文章の内容は自分の個人的な体験にもとづくものなので、一般的と言えるかどうかはわかりません。

聴覚を通じて脳に認識される音声が記憶の再生トリガーになっているのかどうか確かな事もわからないのですが、これまでに自分が集中して絵を描いている時に並行して繰り返し聞いていた音楽やラジオの音声等と同じ音源を、それから数年経過した後に再び耳にしたりすると、それらの絵を描いていた時の気持ちや周囲の情景や、場合によっては食べていたものの味や匂いまで、覚えてはいないと(多分脳はそう認識している)思っていた記憶が突然すごい勢いで頭の中に帰ってくるという、そういう気がする事が時々あるのです。『Krafty』を数年後聞き直してみた時に、やはりそういう事がありました。

そういう気がするという、ある種のデジャヴに似た錯覚なのかもしれません。郷愁を伴う風景や空気感、その反対に忘れたくて仕方が無かったつらい記憶、あるいは楽しかった事、それと相反する悲しかった事、それらが脳内でいきなり再生される様な感覚を受けます。イメージ的にはオープンリール型テープデッキの重い再生レバーが、前ぶれ無しにガッシャンと回される感じです。

人間の頭の中は面白いなあと感じると供に、何かある物事をわかっていると認識している自分の脳のふるまいが、実際は何もわかっていないのとほぼ同義である場合があり、知っていると思っている事は実は何も知らないでいるのと変わらない、そんな場合もある。いつも『Krafty』を聞く度に改めてそんな事を考えたりしています。

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